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Pikodon Company

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1993年から今年まで。
デジタルの変化と代表者の歩み。

1993年 デジタルの可能性
真夏の埼玉県大宮市の映画館。予備校帰りの僕は、巨大スクリーンの中にいるソイツと向かい合っていました。マイケル・クライトン原作、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画ジュラシックパーク

ニョロニョロと雨水が流れる体をくねらせ、鼻息を吹き出しながら、目をギョロつかせて歩き。恐怖で動けなくなったマーティン・フェレロ演じる顧問弁護士の男を睨む。そして、次の瞬間、恐竜は弁護士を頭からガブッと咥えて振り回し、飲み込んでしまいました。

誰が見ても納得行くリアルな恐怖

稲光を体に反射させ、次のエサを探しながらノッシノッシと歩いていくアイツは、コンピューターの計算によって生まれ、動いている事を知りました。

数字を管理するために生まれたデジタルを使って、視覚的、聴覚的に脳天を刺激する表現ができる時代の到来です。


1994年 プログラマー
この時代の日本では、デジタルを使った表現の中心はビデオゲームで、その代表は、任天堂スーパーファミコンでした。

ビデオゲームの表現力はまだ数字的で、ビジュアル的にもサウンド的にも技術の制限が多く、逞しい創造力で補完しないと理解し難い抽象的な世界でした。つまり、それは…、残念なことに、映画を見慣れた大人から見れば幼稚だと判断されてしまうような作品ばかりでした。

自分が飛び込む世界はビジュアル的に誰が見ても魅了される世界であり、ビデオゲームではない。そう考えた僕が最初に生業とする仕事として飛び込んだのはCD-ROM作品の業界でした。

まだインターネットが特別な環境でしか使われていない時代。PCユーザーは作品をCD-ROMやフロッピーディスクという形で買って来て、自分のPCにインストールして体験していました。

ビデオゲームがドット絵と電子音を組み合わせて表現していた時代。apple社のMacintosh対応のCD-ROMでは、プロのカメラマンが撮影した写真と、生演奏を録音した音楽、ビデオ撮影した動画を組み合わせ、グラフィックデザイナーによってデザインされたインターフェースでパッケージした作品が主流で、とてもアートでセンスの良い世界が溢れていました。

僕の社会への第一歩は、C言語開発プログラマーとして、(株)コロムビアクリエイティヴ マルチメディアグループに入社し、Metrowerks Codewarrior Cを使って様々なCD-ROM作品の制作に参加する事から始まりました。

<製作に関わった主な作品>
■ウルトラマンスクリーンセーバー
 for Macintosh Vol.1モジュール
■ウルトラマンスクリーンセーバー
 for Macintosh Vol.2モジュール
■ウルトラマンスクリーンセーバー
 for Macintosh Vol.3モジュール
■「白夢きよらかなる狂喜」CD-ROM

他、


1996年 CD-ROM
1999年に人類が滅亡するかもしれないぞ!なんて噂が飛び交う1990年代。マルチメディアという言葉が日本中を騒がせていました。センスの良い絵、心に響く音楽、優れた編集で作品を組み立て、それをユーザー自身の手で自由自在に操り、能動的に作品と混ざり合う。新たな可能性を秘めた、魔法のような世界。それをCD-ROMというメディアが実現していました。

最初は、未来を感じさせる珍しいものでした。でも見慣れていくうちに「だから何なんだ?」という飽きがCD-ROMメディアを危機に追い込みます。コスト削減のために雛形化され、似たような写真集CD-ROMばかりが量産されていく。

そんな時に、それまでのビデオゲームの常識を覆すほどの技術を搭載したSONY PlayStationが発売されました。

表現者にとっては夢のようなプラットフォームですが、映画が作れるような高額の制作費を捻出してPlayStation市場に飛び込むか?それとも、もうマルチメディアを諦めるか?この時代のデジタル制作会社に難しい現実が迫ります。

僕が身を置く会社は、散々悩んだ挙句。マルチメディアの縮小を選ぶ事になりそうでした。

自分は、もう少し納得行くまでマルチメディアの可能性を追求したいと考え、同社を退社し、フリーランスプログラマーとして活動を開始する事にしました。

そして、会社を飛び出す事によって、時代を引っ張っていく芸術肌の才能豊かな方々と仕事をする事ができました。

表紙
チャレンジマルチメディアプログラム’96へ、オリジナル作品「イリュージョン(ILLUSION)」を出展し、最優秀賞受賞。

意固地にプログラム言語にしがみ付くのを止め、Macromedia Directorを覚えて、作品全体を組み立てていくノウハウを身に着けていきます。

<製作に関わったMacromedia Director作品>

1997年:
■「アジアヘヴン植物楽器」ハイブリッドCD-ROM
 Sessionパートプログラム担当
■NAMCO鉄拳3 アーケードサウンドトラック CD-EXTRA
■NAMCOタイムクライシス アーケードサウンドトラック CD-EXTRA
■NAMCOアルマジロレーシング アーケードサウンドトラック CD-EXTRA
■NAMCOプロップサイクル アーケードサウンドトラック CD-EXTRA
■NAMCOトーキョーウォーズ アーケードサウンドトラック CD-EXTRA
■富士通プラズマビジョン、広告映像コンテンツプログラム
 -コンテンツ:「資生堂」「富士通ゼネラル」「ホンダ」「リクルート」他、、
■「イワモトケンチ:じょうじなまはげ」ハイブリッドCD-ROM

1998年:
■TEPCO ヒーバックセンター、インフォメーションコンテンツ
■コネットアートギャラリーホームページ、映画館:Shockwave作品内
■KOJUN LIVE in OKINAWA & TOKYOライブ背景映像プログラム
■東京芸術大学教授内山昭太郎、退館記念展「若冲幻想」
■エスプレッソ・アメリカーノ店内展示映像プログラム

1999年:
■恵比須東京都写真美術館「若冲幻想」展示、映像プログラム
■TEPCO ヒーバックセンター インフォメーション コンテンツ更新
■ABC-cooking Stuido CD-ROM
■NTT DoCoMoプレゼンテーションCD-ROM
■AAA技術士試験講座CD-ROM
■NTT DoCoMo Moepra pass CD-ROM

2000年:
■山本麻里安 CD-ROM
■竹中工務店DTPRコンテンツプログラム
■カナダエキスパートCD-ROM
■TEPCO ILLUME CD-ROM「発見と発明で探す現代科学の電子年表」
テクニカルディレクター、オーサリングを担当
■どーもくんコレクションCD-ROM2

2001年:
■FIS2000 CD-ROM
■ハウスメイトCD-ROM

2003年:
■カナダエキスパートCD-ROM 1,2更新
■NHKおかあさんといっしょ、ぐーチョコランタン
「いっしょにあそぼ!」みんなのまちCD-ROM
■NHKおかあさんといっしょ、ぐーチョコランタン
「いっしょにあそぼ!」ぼうけんだいすきCD-ROM
2004年:
■東ハト、暴君ハバネロCD-EXTRA

他、


1998年 PlayStation
小さな頃、いつも口をポッカリ空けて空想してる子でした。目の前の現実がいつも不満だったのか?頭の中では様々な登場人物と、時には自分ではない自分が、交じり合い、ここではない世界を飛び回っていました。

14歳から18歳頃にかけて、その癖は、「他愛のないつまらない日常を、面白おかしく表現する。」という楽しみになっていきます。

現実とは違う事を口にする「嘘つきな子ども」から、「想像力豊かな変な人」になり、いつしかそれは、「脚本を考えてシナリオを執筆する」という事なのだと気付きます。

後で考えると、あまりにも無謀でしたが、工学部系の大学付属校に行き、理数系の勉強ばかりしてきた自分が、文学部ばかり受験していたのです。遠くを見つめながら、違う道を歩いている僕は、社会人5年目にして、本物のシナリオライターに出会う事で目が覚めます。

小説やドラマ、映画の脚本を書く量と比べると、ビデオゲームの脚本の執筆量は、その10倍、100倍に及ぶそうです。数年間、拘束されて、朝から晩まで、寝ている間も、執筆を続け、全ての登場人物と、考えられる限りのユーザーの行動に合わせたシナリオを書きます。

この年、Sony PlayStation用ゲームソフト「夕闇通り探検隊」の制作の中で、シナリオライターさんの書いた脚本を、ゲーム内の登場人物やイベントに設定していくという案件に参加します。世界観の設定や、このゲームの中の「現実の部分」を決めて固めていくという担当もさせていただきました。

この案件の後、作家さん達に影響を受け、日常的にシナリオを書く習慣を始めました。

<製作に関わったPlayStation作品>
■Sony PlayStation用ゲームソフト「夕闇通り探検隊」
スクリプト製作を担当 (1998年~1999年)


1999年 映画とテレビ番組
技術にはハードウェアとソフトウェアがあります。映画制作やテレビ番組の制作現場は、もはや「伝統」と呼べるくらいに長い歴史を積み上げてきました。その中で生まれてきたハードウェアはかなりアナログ的で、職人的に手に染みついた感覚が求められます。その現場に、PCとソフトウェアを持ち込み、デジタルを活用する事で、番組や作品制作の一部を効率化する事ができます。

制作を支援するソフトウェア開発というポジションで、映画やテレビ番組の制作に参加させていただきました。

<製作に関わった映画やテレビ番組制作>

1999年:
■フジテレビ、FNS30周年記念、秋の祭典スペシャル
背景CGの切り替えプログラムと、アニメーションプログラム
■フジテレビ、「すけスケシルバ」
データベースCG画面の作成ツール及び、CG画面プログラム

2000年:
■フジテレビ、FNS2000、春の祭典スペシャル
■フジテレビ、FNS2000、秋の祭典スペシャル

2002年:
■フジテレビWeakest Link 一人勝ちの法則 - クイズシステム
(2002年4月~10月、フジテレビ 毎週月曜日7時~8時放送)

2005年:
■フジテレビ・ドラマ「恋に落ちたら」PC画面製作

2006年:
■TBSドラマ・「特命!刑事どん亀」PC画面製作(後半)

2007年:
■TBSドラマ・「浅草ふくまる旅館」PC画面製作
■映画「劇場版HERO」用、PC画面デザイン
■映画「こわい童謡」用、PC画面製作
■TBSドラマ探偵左文字用PC画面製作

他、


2000年 Shockwave
20世紀と21世紀の違いを挙げるなら「インターネットの普及」は外せません。インターネットの本格的な広がりにより、世界中の人々が繋がるようになりました。更に携帯電話が普及する事で、繋がるのはコンピューターやPCだけでなく、人間個人が、発信や受信ができるようになります。

デジタルコンテンツ製作者である僕らは、ネットによるインストールやコンテンツの観覧を想定して作らなければならない時代になりました。この頃のネットの通信速度は、動画配信どころか、画像の転送時間すら苦痛なレベルでした。データの圧縮や軽量化などに悩まされ、デジタルは10年以上逆行し、殆どテキストと、必要最低限の色数の少ない画像の組み合わせによって最大限の表現を捻出する必要に迫られます。

これが当時の「Webサイトを作る」という事でした。

Macromedia DirectorによるコンテンツはShockwaveという技術に変換できるようになり、CD-ROMからShockwaveに土俵を変えていきます。

<製作に関わった企画や作品>

2000年:
■学研Webサイト用ショックウェーブゲーム
■開運おみくじ用掲示板ショックウェーブ
■サンリオ神社用掲示板ショックウェーブ
 デジタルアイテム
■Sony Network Event@es OPENUP CLIEショックウェーブ
■KDDI EZweb用コンテンツ制作ツールEZ@EZの制作。
テクニカルディレクター及びオーサリングを担当
■KDDI EZweb用コンテンツ制作
テクニカルディレクターを担当。

2001年:
■富士フィルムインターネットサービス、OTOPHOTO、Shockwave
■Cannes 2001 Cyber Lions Rich Media Bannersを2点制作。
Shockwave制作を担当。
・"W." BRANDING 02
・MAKE YOUR OWN BANNER!
※カンヌ国際広告祭サイバーライオンリッチメディアバナーShortlistに入選

■Sony Network Event Vol.4 music@es netgig2001
アプリケーション:イベントスケジューラを担当
■TU-KA Infomation Gateway
テクニカルディレクター、EZweb用コンテンツ制作ツールShockwave

2002年:
■コミュニティサイト日清生村Shockwave
 (2004年3月31日にて終了)
■WiLL Cyphaデスクトップウォッチ
■「ばかうけ」ケータイサイト、オープンキャンペーンShockwave

2003年:
■日産、WebCinemaBoxx TRUNK視聴ツール製作
(イベント期間=2003年2月12日から2003年4月30日まで)
※第2回東京インタラクティブ・アド・アワード グランプリ受賞
■DisneyBB onフレッツ、ディズニーワンダーランド、コンテンツ

2004年:
■YUMING NET PARTY in Naeba 2004 Shockwaveゲーム
■日清ラ王、「らのふせん」アプリケーション作成
■ポケモンすごろくShockwave作成

他、


2005年 政治と経済
「経済」という分野は、本当に苦手でした。そんな僕がこの年から日本経済新聞を愛読するようになります。キッカケはデイトレードによる株式取引でした。毎日、経済情報に目を光らせ、IR情報や、株式セミナーにも積極的に参加。株式取引の内容や株価の動向予測をブログで公開するという新しい試みに挑戦していました。

そして、自分が持っている技術や表現力、それらをどのように日本や世界の経済と絡めていくのか?いつも考える習慣が付きました。2005年の前と、2005年の後では、世の中を見る目がハッキリと変わりました。


2006年 広告とFlash
1990年後半、インターネットの普及がチラホラと始まった時。その10年後に「ネットが日常の中の普通である」と言える状況にまで普及した時代が来る事など、誰が想像できたでしょうか?当時の僕は、面倒臭い手続きをして、高額な通信費を支払い、手間をかけて電話回線に接続すると、やっと文字がパラパラ現われる。こんなものが普及するわけがないと思っていました。

そして、Macromedia Flash(後にadobe Flash)も、Shockwaveと共に飽きられて消えていくものだろうと思っていました。どうやら、それは間違っていたようです。

流行に少し遅れてShockwaveを捨て、Flashの土俵に参戦したのがこの年でした。

期待した収益化を固められずに消えていった、CD-ROMを中心としたマルチメディアは、Flashコンテンツという形で、Webの世界に蘇っていました。時代遅れとなってしまったマルチメディアは、広告と手を組む事で、魅力的な広告媒体として生まれ変わったのです。

Flashサイトを作る上で、自分がぶつかった問題は、「作家が作品発表している」のではなく「広告主のための広告媒体を作っている」という意識を持たなくてはならない、という事でした。

Flash広告を作るという事は、自分の内面を穿っていくのではなく、外側に開いていく作品作りなのです。

<製作に関わった企画や作品>

2006年:
■Panasonic オキシライド「有人飛行プロジェクト」
 Webページ用Flash製作
※カンヌ国際広告祭プロモ部門プロモライオン
※アジア パシフィック アドフェスティバル Best Of The Show 銀賞
※Webクリエーションアワード受賞
※フジサンケイG広告大賞グランプリ
※Spikesグランプリ受賞

■HONKA 期間限定キャンペーンサイト、幸福論の家
 Webページ、Flash版製作
■城南建設・住宅情報館内、Flash数点
■カゴメ、Flashゲーム製作
■SOURCENEXT ズバリ株式投資 CD-ROM
■OKT-リコメンド内、一部Flash1点製作
 キャラタイプ診断Flash
■Windows Live メッセンジャー
 クリスマスキャンペーン用携帯待受FlashLite製作

2007年:
■Panasonic オキシライド「スピードチャレンジ」
 Webページ用Flash製作
■NECインフロンティアスペシャルコンテンツFlash制作
■赤城乳業ガリ祭り2007コンテンツFlash制作
■はみだしニフティ ニフニフ動画製作
■はみだしニフティ グフフ動画製作
■はみだしニフティ アフレコ動画製作
■so-netブログパーツ「ドラドラレーダー」Flash製作
■ORIX不動産ポータルサイトFlash製作。
■赤城乳業、ガリ牧場コンテンツFlash製作
■レクサスIS FスペシャルコンテンツFlash製作
■吉野俊彦記念講座コンテンツ制作
■MicroSoft WindowsプレミアムホスティングFlash製作
■赤城乳業ガリ神社2007コンテンツFlash製作
■TSUTAYA相関図メイカーFlash製作
■ハートフォード生命「歴史」Flash製作
■ディズニーモバイル携帯用待受FlashLite製作。
■iモード専用DoCoMo公式コンテンツ製作

2008年:
■ピエトロドレッシングBOSCO、Flash製作
■不二家スイーツトルテ Flash製作
■赤城乳業ファンファッジFlash製作
■赤城乳業ガリ祭り2008コンテンツFlash制作
■赤城乳業ガリピクニックコンテンツFlash制作
■赤城乳業ガリガリ君リッチ白銀ミルクFlash制作
■カゴメ、野菜生活、前向きスイッチBlogパーツFlash製作。
■BIGLOBE 光圀さん Webディレクター担当
■HONKAフォトギャラリーFlash製作
■ハートフォード生命インターフェースFlash製作
■TSUTAYA相関図メイカー(相棒劇場版)Flash製作
■ロート製薬、CキューブFlash製作

2009年:
■フォルクスワーゲン New Golf Variant ecohplayer サイト製作
■赤城乳業ガリ神社 Flash製作
■赤城乳業リクルートサイト2011 Flash製作
■赤城乳業濃厚旨ミルク Flash製作
■赤城乳業ガリガリくん自由研究 Flash製作
■東海大学インターナショナルサイト Flash製作
■LG 電子 LGジャパンモデル CM映像ギャラリー Flash製作
■楽天トラベル、たびピタ Flash製作
■不二家スイーツトルテ Flash更新
■亀田製菓、CM視聴Flash製作
■赤城乳業ガツン、とみかん Flash製作
■メイトーのなめらかプリンスペシャルサイト Flash製作
■Yahoo! JAPAN PR企画 - さくら×SOLAR PHONE SHARP SH002 Flash製作
■JRA CLUB KEIBA ”おしゃべり馬” BLOGパーツ製作
■ソニーミュージック「こいうた100」Flash製作

2010年:
■マカロン専門店マドモアゼルマカロンサイトFlash製作
■楽天TOTO Flash製作
■赤城乳業「ガリ祭り」サイトFlash製作
■赤城乳業デッカルチェ製品サイトFlash製作
■赤城乳業ガリガリ君スペシャルサイトFlash製作
■赤城乳業株式会社 新工場情報サイトFlash製作
■赤城乳業、ガリ神社Flash制作
■山佐パチスロ宇宙戦艦ヤマトサイト製作
■山佐パチスロ戦国無双SP検定サイト秋の陣Flash制作
■山佐パチスロ戦国無双SP検定サイト冬の陣Flash制作
■山佐パチスロ戦国無双猛将伝製品サイトFlash制作
■不二家ホームパイ製品サイトFlash製作
■FXメジャーズキャンペーンサイト Flash製作
■ヤマハ大人の音楽レッスン「受講生の生の声」サイトFlash製作
■佐々木明オフィシャルサイト製作
■SONYメモリーメディアポータルサイトトップFlash製作
■MEIDI-YA マイジャムスペシャルサイト用ブログパーツ製作
■野村不動産、プラウド志村坂上モデルルーム観覧Flash制作
■MORELLATO トップFlash制作
■店長jpトップFlash制作
■giveryトップFlash制作
■ZARA携帯サイト、デジタルアイテムFlash待受け制作
■サンメドウズ清里スキー場バナーFlash制作
■日野市「クイズふだん着でCO2をへらそう」Flash制作
■フォルクスワーゲン報道官Flash制作
■明治大学 Front Line Research Flash制作
■ザ・ランドマークスクエアTOKYOバナーFlash制作

2011年:
■ZARAモバイルサイト、デジタルアイテム、Flash制作
■OMEGAモバイルサイト、Flash制作
■OMEGAモバイル用デジタルアイテム制作
■シャネルモバイルサイト、Flash制作
■フォルクスワーゲン、デスクトップアイテム制作
■フォルクスワーゲン、モバイル用デジタルアイテム制作
■東京都主税局タックス・タクちゃんコンテンツ
■住友林業、住まい博2011 家づくり成功への道Flash
■なめらかプリンスペシャルサイトリニューアル
■千金堂 play TOYBOX Flash制作
■神戸布引ハーブ園 ロープウェイ リニューアルサイトFlash制作
■千葉銀行:願いごとは、ちばぎんへFlash制作
■不二家ホームパイリニューアル
■不二家スイーツトルテリニューアル
■赤城デッカルチェサイトリニューアル
■株式会社21インコーポレーションWebページFlash制作

2012年:
■オメガ、ロンドンオリンピック、リアルタイム時計Flash
■オメガ Ladymatic Flashバナー制作
■オメガカウントダウンタイマー映像用
■ZARAモバイルサイト、デジタルアイテム、Flash制作
■メイトー、なめらかプリンスペシャルサイト Flash制作
■赤城デッカルチェサイトリニューアル
■赤城乳業濃厚旨ミルク リニューアルFlash製作
■赤城乳業ガツン、とみかん リニューアルFlash製作
■キムチの美山、イチオシキムチスペシャルサイトFlash制作
■Tokyo Happyタウン Flash制作
■森永乳業 エコらくパックティザーサイト用Flash制作
■千葉興業銀行、お金の心配!相談室 Flash制作
■千葉興業銀行、シニアの実用書《資産運用編》
■千葉銀行、ローン博士の教えて安心ローン塾 Flash制作
■不二家ホームパイリニューアル
■不二家スイーツトルテリニューアル

他、


2007年 法律
アメリカのドラマをキッカケに刑法に興味が沸きました。刑法に関する本を読み、アメリカや日本の法律書を読み、裁判傍聴へ行き、細かく記録して、刑法を学びました。

僕らが生きているこの社会は、法律の支配下で生きています。法律を学ぶ事で社会を知り、それまで理解できなかった社会の仕組みへの疑問が明らかになり、自分の足元の道を知る事ができます。法律を知らずに生きるという事は、足元が全く見えない真っ暗な道を歩いているのと同じです。


2008年 MR2
僕はクルマが大嫌いでした。クルマは生活に便利な贅沢品という価値観が、どうも自分の考え方とは違うようです。そんな僕に、「クルマとは操る楽しさを味わえる脳と体の運動なのだ」という事を教えてくれたのが、TOYOTA MR2 SW20でした。

表紙

マニュアルシフトを駆使して、最適なギアに切り替えて回転数を合わせ、サーキットでは加速や減速の性能を最大限に引き出し、公道では最高の燃費を叩き出す事ができます。

サーキットで、極限までクルマの性能を引き出す運転は、運動そのものです。5分の運転だけで、両手両足はガクガク震え、立てなくなるほど神経と力を衰弱し、次の日は筋肉痛になります。

何度も走り込み、スポーツ走行に慣れると、レースにも参加できるようになりますが、そんな次元どころか、僕はサーキットを数周する程度でもうお腹いっぱい。お金だけがみるみると減っていきます。




2009年 ペチペチ放送局
遠回りすると、新しいアイデアを拾って帰ってきます。クルマに乗ってサーキットを走ってみる事で、新しいデジタルのアイデアが沸いてきました。クルマに6台の小型カメラを設置し、同時録画しながらサーキットを走行します。そして、その6台の映像を同期させて観覧できるWebサイトを制作しました。それが「ペチペチ放送局」です。

表紙

シッカリと形にして仕上げた初めてのWeb上でのオリジナルコンテンツです。

更新や追加をしやすくしていたのですが、動画配信によるサーバ負荷、撮影の手間など、維持していく事が難しく、軌道に乗せる事は出来ませんでした。


2010年 社会との関係
ここまでの自分は、「娯楽」を作り出す事を専門としてきていました。Flashなどによる広告コンテンツも、消費者の遊び心をくすぐるものを作っています。それは消費を促進する事であり、そうする事で経済の回転に貢献できます。

しかし、入籍や、息子の誕生(2012年)、両親の老化などにより、社会との関わり方を考え直す必要を感じ始めます。そして、地域貢献や、健康、食文化、ダンスやヨガなどへの興味が沸いてきます。

以前は、空いてる土地があったら何を建てたい?と聞かれれば、ゲームセンターや遊園地、小型サーキットなど、娯楽施設を考えていましたが、この頃から、無農薬で野菜を育てる事ができる畑を企画したい、と考えるようになりました。


2011年 ドクターモウ
マルチメディア、CD-ROM、Shockwave、Flash…など、生まれて、流行って、時代遅れになり、消えていく。魂を入れて企画し、命を削って作り上げた作品達も、公開期間が過ぎれば無くなってしまいます。「時代の流れのひとつに貢献したぞ」という満足感が残り、次の媒体に引き継ぐ経験となるので、虚しさはないのですが、「寂しさ」があります。

しかし、広告掲載期間が終わっても、お客様に気に入ってもらえて、そのままサーバ上に残して公開され続けるコンテンツもありました。

それは、キャラクターを使ったコンテンツでした。

せっかく作った可愛いキャラクター。無くしてしまうと死んでしまうじゃないか。それは可哀想だから、ずっと残しておいてあげようよ。そんな気持ちがキャラクターの命を支え続けます。

人々に愛される限り、キャラクターの寿命は無限である。

そこで、キャラクターを作り、そのキャラクターをマネージメントして育て続けるための土俵を組み立てる事にしました。キャラクターを育てる事で、製作者達も成長し、自分達が成長すると、キャラクター達も成長していきます。

まずは、健康、医療、社会貢献できる可能性を持つキャラクターの姿を考え、「ドクターモウ」が誕生しました。

表紙

ドクターモウは、ディズニーワーナー・ブラザースのような設立100年近くの企業が作り出したキャラクターを見本にしています。しかし、ドクターモウを中心に色んなキャラクターが派生して生まれたとしても、ドクターモウ株式会社として、この世界観一本で、勝負していく自信はありませんでした。

日本も含めた世界中のアニメやキャラクター達を研究しながら、色んなキャラクターを考案しますが、やはり、息遣いのない作り物のキャラクターには、製作者の意図が透けて見えてしまい、根本的にどこか手応えがなく、物足りないものを感じていました。

2012年 スマートフォン
ここで、自分の時代の先読みの甘さを反省してみます。

パソコン通信に毛が生えた程度のインターネットが普及するわけない。
Macintoshの模造品であるWindowsが成功するわけない。
Macromedia Directorがプログラム言語の変わりになるわけない。
Shockwaveと共にFlashも消えていく。

そして、もうひとつ。i-modeやEZwebなどのコンテンツがこれだけ充実していて、高機能な携帯電話があるのに、iPhoneなんて気まぐれなものが流行るわけない。

多くの企業も、僕と同じく時代の先読みを誤ってしまったようです。スマートフォンの登場は世界中の電機メーカーの力関係を崩していきます。

Google社は何故無料の検索サービスで大きな売上をあげているのか? apple社は何故ウォークマンもどきのiPodで、世界中の音楽市場を破壊するほど成功したのか? 開発設計図を全ての人に無償提供してしまうオープンソースが、なぜこれほどまでに巨大なお金を動かすのか? その仕組みはその後のインターネットの市場の原点になっています。

しかし、スマートフォンが普及しようがしまいが、iPhoneが流行ろうが、Androidのシェアが広がろうが、HTML5だろうが、Flashだろうが、「ドクターモウ」は「ドクターモウ」から変わる事はありません。これが「キャラクター」の強さです。

何かのアプリケーションとして、ドクターモウを作る事を夢見ていました。そしてそれは2014年に実現しました。

表紙

この年に生まれた長男は、まだマウスを操る事はできませんでしたが、1歳の時点でスマートフォンを指で操作する事ができました。スマートフォンの可能性を表わしているように思えます。

<製作に関わった主な作品>
■iPhoneアプリ、C4臨床心理士コレクション、
心理用語インデックスシリーズ制作

vol.1 精神医学
vol.2 サイコセラピー
vol.3 心理アセスメント
vol.4 心理臨床の基礎Ⅰ 発達心理学
vol.5 心理臨床の基礎Ⅱ 感覚 知覚 認知
vol.6 心理臨床の基礎Ⅲ 学習 人格 情動
vol.7 心理臨床の基礎Ⅳ 動機 欲求 社会心理学
vol.8 心理臨床の基礎Ⅴ 神経学 統計 法律 他

他、

※受注したスマートフォンアプリは、
 企業内向けや企業営業用など、コンフィデンシャルなものが多いです。


2013年 PikodonCompany
ここまでの1993年から2013年までの約20年間を振り返ってみると、CD-ROMやフロッピーディスクがインターネットになり、Macromedia DirectorがShockwaveとなりFlashになり、ファミコンがプレイステーションになり、電話機がスマートフォンになりました。

この20年のデジタル技術の進歩は、あまりにも早すぎて、少し困った事になりました。

1996年に最優秀賞を受賞した作品を見せたくても、このプログラムが動くような動作環境はもうありません。そして、そのデータを保存したディスクを読み込むための機器は、もはや電源が入るものは電気店には残っていません。

ウルトラマンスクリーンセーバーを見せられるOSはありません。当時は格好良かった作品CD-ROMを読み込んでも、それは時代遅れなものにしか見えないでしょう。

映画やテレビ番組の制作にも多く関わってきましたが、それはまだPCを使って映像収録の効率をあげるのが画期的だった時代の話で、今はスマートフォンで撮影してスマートフォンで編集して世界に発信までできてしまいます。

CGを使うだけで凄いと言われた時代から、実写とアニメの境界線がない時代となり、テクノロジー以外のシナリオ面の工夫や、視聴者の参加を上手に取り入れた企画が生まれ、もてはやされ、カラクリに飽きられてしまうと、急に格好悪く見えて、廃れていく。

その時に不可能だと思われていたことを実現する事で、ヒットを生み出し努力を認められる。でも時間が経つと、古臭い時代遅れなものして置いていかれる。

つまり、ここまで、関わったお仕事を並べる事でしか、自分が存在してきた事の証明にならないのです。

自分を紹介する時に、特定の業界内でしか通用しない肩書きを掲げたり、過去の経験を並べたりしても、理解されない世界も多いです。ここまで僕のプロフィールを書き並べてきましたが、「ああそうですか、色々やってますね」としか言いようがない。

しかし、売り込みたいものが具体的なコンテンツとなって存在していれば、言葉が通じなくても伝わるし、これからどこに足を付けて踏ん張れば、未来の自分への投資として認識できるのか、自分自身が納得できると考えます。

この年2013年に、コデンマチ子と企画した恐怖探偵トラウマいちごのコンテンツ開発を開始しました。
表紙

キャラクターの世界観を深めて魅力を追求しつつ、それをどのように地域や教育、医療や健康といった分野に貢献できるようなコンテンツに仕上げていけるのかどうか?を突き詰めていきます。

そのコンテンツマネージメントのためにPikodonCompanyというブランドを作りました。

Pikodon CompanyのCompanyは「会社」という意味で知られていますが、「仲間」や「人間関係」といったような意味も含まれます。

2014年 バックエンドエンジニア
全ての媒体がデジタルで表現できるようになった時、紙媒体はどうなるのでしょうか? また、CGの技術が最高に達した時、俳優の役割はどうなるのでしょうか? AIやロボットが主要労働力になった時、労働者はどこに行くのでしょうか?

「紙は手触りが良い」とか「古いものには味がある」なんていう曖昧な言葉で逃げていると、気が付いたら、時代に取り残され、急に全てを失うと思います。

僕らのようなIT系みたいな仕事をする人間が、目立つ場でこういう事を言うと、イヤな奴に見えて炎上しますが、実は、IT世界こそ弱肉強食で、少しでも時代に乗り遅れると、新しいものに押し出されて、居場所を失います。

ほんの20年くらい前までプログラマーはデジタルにおいての神様でした。しかし、プログラミングの知識が殆どなくても、デザインセンスだけで自由に作品作りができるくらいの技術ができました。

プログラミングが義務教育化されると聞いて、恐ろしい想像しかできません。

例えば、カタカナが義務教育化されているのに、ひらがなをカタカナに変換する専門家なんていりません。小学生からプログラムが基礎知識となるならば、それを専門とするプログラマーは不要という事です。

しかし、10才未満の子が学校で覚えるプログラミングと、僕らが40年間も積み上げてきたプログラミングの経験は同じでしょうか?

大げさな話をしましたが、急に時代が変わるわけではありません。時代の変化の中で、自分の経験を最大限に活かして、変化する世の中に貢献する事もできます。

AI支配のブレードランナーの未来から、2014年現在の小さい世界に話を戻しますと、データベースとサーバサイドプログラムは、まだデザイナーや企画者が手を出す事を恐れる領域のようでした。

僕はフロントエンドと言われる領域の中だけで仕事をしてきましたが、いつまでも「サーバサイドは専門外です」とか言って突き放すわけにはいきません。今こそ、サーバサイドやデータベースについてもマスターする時がきました。

この年、オリジナルスマホアプリの、ドクターモウBabyMOG怪奇おかっぱ写真の3本をリリースしました。

PHPMySQLを使い、まずはドクターモウのデータベースから設計しながら習得していきました。確実だと実感できる部分から、案件でも引き受けていき、この年に、PHPとMySQLについては、自信を持てる基準まで引き上げました。

この時期はTwitterLINEスタンプ、アマチュアレベルのキャラクタービジネスが全盛期で、技術的に発展途上なスマホアプリにも居場所が期待できる時代でした。ドクターモウや、怪奇おかっぱ写真も、キャラクタービジネスの流れに乗せてみる事にします。

2015年 東京都の歴史から世界史へ
自分の世代の有名人や、政治家が、大きな発言力を持つ時代になりました。コンセプトを決めて、組織や政党を作り、大きな声で主張し、賛同する人達を集め、巨大な力を生み出しているのを横目に、そういう年になったのだな、と自分を見つめなおします。

ここまで、自分がやってきた事は、日本社会でうまくやっていく知恵を拾い集め、明日なんとか生き残っていくという程度のものでした。

頭の中に確実な情報を持ち、それを根拠に輪郭のはっきりした主張をしていきたい。そのためには薄い知識では、説得力のある意見は持てません。

日本国をリードする政治家ですら「外国に行くと自分の勉強不足を痛感する」というような事を言っていました。

この年の自分は、初心に戻って、歴史を改めて勉強しなおし、東京ミステリーファイルのコンテンツ制作に全力投球していました。

自分の足元の地盤である東京都の歴史を調べ、細部まで調査します。その活動の中で発見した事は、東京都の歴史的な出来事は、世界の歴史に紐付いているという事でした。

この一年の移動距離、読んだ本の量は、ここまでの人生の合計を超える・・というと大げさですが、そのくらいに走り回りました。

2016年 中小企業の一年生
ある分野を突き詰めて、特定の組織や分野、小さいグループの中で固めてきた知識は、別の価値観の中では全く通用せず。そこではただの無知な自分をさらけ出す事になります。

それが怖いから、人は組織の中に閉じこもったり、理論武装して、価値観の違う世界の人が入ってこないように囲いを固めて、人と目を合わさないようにして、年をとっていきます。

若い時は買ってでも恥をかけ。でもある程度の年齢になったら失敗を取り返せなくなる。なんて話が通用しない時代になったと痛感します。今は絶対安全神話がなくなり、いくつになっても恥を掻かされる時代です。

自分も、ここで一度、全てのプライドを捨ててゼロになり、恥をさらけ出す事にしました。

この年、フリーランスで個人事業を始めて、20年目を迎えました。しかし、ここで初心に戻り、中小企業の一年生みたいな顔をして、丸裸の自分に対して、社会の評価はどの程度のものなのか?客観的に見て、自分はどこが得意で、どこが苦手なのか?といった発見を探す活動をします。

ビジネス交流会やら名刺交換会や、勉強会のようなものに積極的に出向き、アポイントをとって企業さんへ訪問したり、新しい企画や事業計画などに参加したりしていました。

この年の自分は、興味がある話があれば、誰にでも会いに行き、面白そうであればどこへでも出向いていました。

音楽制作作詞作曲をして恥を晒し、生放送して恥を晒し、話題性があればどこにでも出向いて行き、知らない人達に囲まれてみる。この年、次男が生まれ、2児の父になりましたが、久々に六本木で仮装して夜遊びしました。自分より半分くらいの年齢で、自分より2倍くらい背の高い外国人女性に「カワイイネ」と頭をペチペチされてみるのも、自分自身の価値観の破壊です。

この時に作ったコンテンツは動画などによって残しておきました。

Pikodon Companyというのは、いつもこんな悪ふざけしているわけではありません。この活動の裏側では、PHPやMySQL、JavaScriptによって独自のCMS開発をする案件などを引き受ける体制を整えていました。そして、WordPressの研究も本格的に始め、初心者でも簡単に導入できるというこのオープンソースのCMSを徹底的に解体して分析していました。

この年の活動の結果、3頭身のキャラクターの売り込みに違和感を感じるという発見がありました。

2011年にドクターモウを始めとするキャラクタービジネスを思い立ち、ここまで試行錯誤してきましたが、3頭身キャラクターにズレを感じてしまい、どうしても自分の思い描いたロードマップと噛み合いません。

自治体やブランドを売り込むためのキャラクターは、誰かが適当に考えた落書きを売り込んでどうにかなるものではなく、その定めた目的に向かっている人達の中で必然的に生まれるものです。だから愛着もあり流行るのです。

この課題は次の年に持ち越しました。

2017年 英語版
去年から引き継いだ課題、キャラクタービジネスからの脱退を始めます。ここまで育ててきたコンテンツはそのままに、3頭身のキャラクターをやめて、6.5頭身から8頭身の人物描写に切り替えていきました。

イラストだけでなく、シナリオや人物設定、コンセプトなどの全てにおいて、商品アイコン的なものから、呼吸をする人物に書き直していき、本来描きたかった世界観に近付けていきます。

この年は、人生を通して引っかかっていた、もうひとつの課題に挑戦しました。

それは英語です。

小学生高学年から英語を学び始め、30年近く英語を勉強し続けているはずですが、相変わらず英語は苦手です。英語をなんとかしたければ、英語を日常の中に取り込まなければならないそうですが、日本にいて英語を日常に取り入れるのは難しいです。

ならば、今の自分にできる事は英語のコンテンツを作って公開してしまう事です。

自主コンテンツのサイトを英語と日本語の二ヵ国語で公開する事にしました。ここまで公開したコンテンツを全部自力で英語翻訳し、2ヵ国語対応させます。

英語にした場合、日本の歴史や世界の歴史の表現がまた変わってきます。日本人が日常で持っている常識や認識と、それを知らない人に英語で説明する場合では、だいぶ様子が変わります。

今年の後半は、ARVRウェアラブルといった技術や、Pythonというプログラム言語について学び始めます。本題は来年に持ち越します。

2018年 データマイニング
今年はAI(人工知能)を学ぶ上で欠かせない機械学習ディープラーニングについて、徹底的に研究しました。まずはサンプルを集めて、その基本的な概念と計算式、そしてそれをどのように応用して活かしていけば良いのか?を考えます。去年末からPythonを学んでいたのはこのためです。

AIはこの時期の技術のトレンドですが、個人のレベルでは取り扱いきれないほどの大量のデータが必要になります。大企業や世界中から何かしらのデータをかき集めているような組織(それこそGoogle社やMicrosoft社のような規模の企業)が、個人のマンションでは扱いきれないような電源を確保して、高速計算を繰り返す最先端のシステムを構築し、熱を発する機材に、大型の冷却装置を組み合わせて初めて、実用的と言えます。

これを、自分のような一個人が学んだところで、すぐにAIの仕事を受注できるようになるわけではありません。

AIとは、データマイニングと呼ばれる技術を実用的に発展させたものです。データマイニングとは大量のデータの中から、その法則を見つけ出し、人間にとって価値のあるデータを生み出す技術のことです。これは労働を生み出す仕組みと同じで、これからの時代の労働の仕組み作りに大きな意味を持ちます。

これからWeb技術に関わる仕事をするなら、こういった大規模なシステムを必要とする仕組みについて、理解しておく必要を感じました。

機械学習ディープラーニングを通して、Amazon Webサービス、大規模なシステム構築や、セキュリティ、APIなどといった仕組みへの理解を深めました。そして、WordPressに続いて、MovableTypeEC-CUBEといったCMSの習得なども進めていきます。

2019年
2019年については、今年のお知らせをご覧ください。

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